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April 29, 2008

パラドックス定数「HIDE AND SEEK」

パラドックス定数
24-Feb-2008 15:00~17:00
ザムザ阿佐ヶ谷

Corich公演情報

080426b

作家と作品のキャラクタが対話し虚実入り混じる設定というのは、割とよくある手法(特にマンガでは、作中にわざと作者を出すのは常套手段だと思います)。映画の「RAMPO」も乱歩の世界と明智の世界が入り混じっていました。

ところが、この「HIDE AND SEEK」の面白いところは、
・三人の作家とそれぞれの生んだキャラクタが(キャラクタが作品の枠を飛び出して)入り混じる。
・別のキャラクタを同じ役者が演じている。(乱歩の小林少年=久作の呉)
三人とも、単に交流があったというだけでなく、作品上でも大きく影響しあっていたということでしょう。

 自分は作家ではないのですが、横溝の言う「作品のキャラクタが自分に語りかけてきてくれて、作品ができあがる」というのは、俗に言う「勝手に筆が進む」ということでしょうし、逆に書けない状況が、作品の登場人物がどんどん逃げていってしまうようなもの、というのはわかる気がします。

 編集者と称してあらわれる黒服の男、貪欲に作品を求める読者の総体であり、時として作者を追い詰める脅威の存在。自分は読者側の立場なのですが、黒服の男に自分を投影し、自分自身を舞台上に見てしまうせいか、ちょっとへこみました。実際は、読者のおかげで作者は飯が食えているのだから、堂々と読者であればいいんですよね(笑)

 作家とキャラクタの「HIDE AND SEEK」であり、読者と作家との「HIDE AND SEEK」。

 「作家は死んでも、作品が残る限りキャラクタは死なない」というくだり。そのとおり、作家たちは亡くなっても、作品は今世にも残っています。作家でない者としては、とてもうらやましい。

 作家と作品キャラクタが楽しく語り会うながら幕となります。これは、作家は死ぬ...でも作品が残る限り、作家の心も作品とともに行きつづけるというとかと思います。この終わり方がとてもさわやかで爽快に感じられました。

 「東京裁判」のような一分の隙もない濃厚な舞台を期待していたので、ちょっと肩透かしをくらった気はありますが、笑いも多く幻想的な味わいもあり、十分面白い。欲言えば、乱歩・久作・正史の当時の実年齢に近い役者さんで演ってもらえたらなあ。


 ドグラマグラを読んで知っている客さんは、明智小五郎シリーズや金田一耕介シリーズを知っているお客さんほど多くはないと思います。終演後も、そんな声がチラホラ聞こえました。自分は、読んだ記憶ははっきりしてますが中身はほとんど忘れてました。また読もうっと。

 犬神家の一族、遺言書公開のくだりをホームドラマ風に再現した場面は、やはり元ネタを知っているお客さんが多く、会場は大爆笑。犬神家ってミステリーのイメージが強すぎて気づきませんでしたが、本質的に遺産をめぐるホームドラマだったのだなあと、目からウロコな気分。

 横溝正史役の今里真さんは、あの関西弁は正しいのかどうかは、自分はネイティブでないので判断しかねるけれど、大坂の大店の道楽息子っぽい雰囲気がよいですね。「たちぎれ線香」の若旦那なんかピッタリなのでは。

 先行予約特典の「ぱ」のマーク入り巾着袋をいただいた。
けっこういい布使ってるっぽい。土足厳禁のザムザを意識してのことか、靴袋にしては寸が足りないのが素敵(笑)。だっていい布だもの、きれいに使いたいもんね♪

夢野久作 植村宏司
江戸川乱歩 十枝大介
金田一耕介 西原誠吾
明智小五郎 井内勇希
横溝正史 今里真
呉一郎 酒巻誉洋(elePAHNTOMoon)
編集者 小野ゆたか
 
作・演出 野木萌葱
照明 正村さなみ(RISE)
舞台監督 渡辺陽一
小道具 桜井徹
音響 古場田良子(オフィスFLIP-TOP)
宣伝美術 
写真 渡辺竜太
販促 副島千尋
監修 赤沼かがみ(G-up)
制作 村上朋弘(オフィスFLIP-TOP)
企画製作 パラドックス定数研究所

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